ケルト神話
Celtic Mythology(英)

 アイルランドのケルト人にまつわる神話。
他の神話と比べて創生神話がないのが特徴で、登場する神族も実在した民族とその歴史を元にしているため人間臭さが前面に出ています。
 ケルト神話はダーナ神族とその敵フォモール族とを描いたものが中心となっていますが、ダーナ神族が妖精ディーナ・シーとなった以降の人間の世の話であるアルスター伝説、フィアナ伝説、マビノギ(物語集)なども含めてケルト神話と称されることもあります。

 アイルランドにはフォモール族(Formorians/Fomors)と呼ばれる先住民族がいました。
ノアの大洪水以後にその他の5つの種族がこのアイルランドに入植してきて、それぞれが島の覇権を巡って争います。

 第1の種族はパーソロン族(Partholons)。
少数だった彼らはフォモール族によって放たれた疫病の前に全滅しますが、アイルランドに農業と手工業をもたらします。

 第2の種族はネミディア族(ネメド族(Nemeds))。
彼らもまたフォモール族の疫病の前に屈しますが全滅はせず、一部はフォモール族に隷属化され、一部は西へ逃れ、また一部は北へと逃れました。

 第3の種族はフィル・ボルグ族(Fir Bolg)。
彼らはかつて西へ逃れたネミディア族の子孫で、これはフォモール族とは争わずに共存する道を選びます。

 第4の種族はダーナ神族(Tuatha De Dannan)。
彼らはかつて北へ逃れたネミディア族の子孫で、フィル・ボルグ族の土地を次々と侵略していきます。
しかしモイトゥラの1度目の戦いで両者は和平を結び、フィル・ボルグ族はコナハト地方を得ることとなります。

 モイトゥラの1度目の戦いで片腕を失ったヌァダ王(Nuada)は掟により王位を退きます。
その後継としてフォモール族との混血であるブレス(Bres)が選ばれましたが、ダーナ神族を虐げる暴君となったために失脚します。
この後ブレスはフォモール族を再結集し、やがてモイトゥラの2度目の戦いへと発展します。
なおブレスの後の王は、銀の義手をつけたヌァダです。

 その後ルー(Lugh)がダーナ神族の王となり、ダーナ神族とフォモール族との最終決戦であるモイトゥラの2度目の戦いが起こります。
対するフォモール族の王は邪眼のバロル(Balor)。
彼はルーの祖父であり、孫のルーに命を奪われると予言されていました。
やがて両者の一騎打ちとなりバロルは邪眼の力を解放しようとしますが、その前にルーの魔弾タスラムによって頭部を邪眼ごと貫かれ、予言通り命を落とします。
 敗北したフォモール族は「喜びの島」と呼ばれる海底の死者の国マグ・メル(Mag Mell)に移住し、こうしてアイルランドは完全にダーナ神族のものとなりました。

 その後現れたのが第5の種族マイリージャ族(Milesians)。
彼らは人間の種族で、以後の歴史の主役となる種族です。
ダーナ神族は三相一体の女神(バンバ(Banba)、フォドラ(Fodla)、エリウ(Eriu))がこれを迎えますが力及ばず、アイルランドはマイリージャ族のものとなります。
 敗北したダーナ神族は「常若の国」と呼ばれる地下の国ティル・ナ・ノーグ(Tir Nan Og)へと逃れ、その姿を妖精ディーナ・シーへと変えたとされています。



【アルスター伝説】
【Ulster Cycle】
 1世紀頃のコノール王(Conchobar)代のアルスター地方(北アイルランド)を中心とした物語。
英雄クー・フーリン(ク・ホリン(Cu Chulainn))、悲しみのディアドラ(Deirdre)など。

 太陽神ルーの子とされるセタンタ(Setanta)はコノール王の妹の子として生まれます。
セタンタは鍛冶屋クラン(Culann)に宴に招待された折、彼が誤って放しておいた番犬に襲われますが、これを逆に返り討ちにしてしまいます。
番犬を殺してしまったセタンタは自らがその代わりとなることを宣言し、これによりセタンタはクー・フーリン(クランの猛犬)と呼ばれるようになります。

 成長したクー・フーリンは、エマー(Emer/Eimear)に求婚します。
しかし彼の更なる成長を願ったエマーはこれを一旦拒み、エマーの父のルスカ領主フォーガル(Forgall)は、彼を亡き者にするため彼を影の国へ修行に向かうように命じます。

 影の国のスカアハ(Scathach)の下で修行を積んだクー・フーリンは、彼女から授かった魔槍ガエ・ボルグ(ゲイ・ボルグ(Gae Bulg))を携えて再びエマーの元に戻ります。
しかしこれを断固阻止しようとしたフォーガルは彼を迎え撃ちます。
クー・フーリンはこれをはねのけ、エマーを妻とすることに成功します。

 アルスターにドゥン・クールニャ(Donn Cuailnge)という素晴らしい牡牛がいました。
コナハトの女王メイヴ(Medb)はこれを手に入れようとし、戦争を仕掛けてきます。
疫病が蔓延していたアルスターは苦戦を強いられ、唯一被害を受けなかった神の子であるクー・フーリンが単独でこれを迎撃します。
戦いは長く続き、やがてメイヴはフェルディア(Ferdiad/Ferdia)を対戦相手として出してきます。
彼は影の国でクー・フーリンと共に修行した兄弟弟子。
互角の攻防が続く中、最後は相打ちとなって双方共に命を落とします。
しかしクー・フーリンだけは、秘薬の力で一命を取り留めることができました。

 疫病が収まったアルスター軍はコナハト軍を圧倒し、アルスター軍の勝利で戦争を終えます。
しかしクー・フーリンに怒りの収まらないメイヴは、彼に復讐を誓います。
クー・フーリンは犬の肉を食べないという誓い(ゲッシュ)と、身分下の者からの食べものを断らないという相反する誓いを立てていました。
老婆に犬の肉を勧められたクー・フーリンはこれを食べて力を落とし、これが元で命を落とすこととなります。


【フィアナ伝説】
【Fenian Cycle】
 3世紀頃のアイルランドの伝説。
フィアナ騎士団(Fianna)が最も栄華を誇った、フィン・マクールがリーダーだった頃の、彼を中心とした物語。

 ディムナ(Deimne)は戦神ヌァダの曾孫として誕生します。
彼はとても美しかったので、フィン(Fionn mac Cumhaill/Finn mac Umaill)と呼ばれました。

 成長したディムナはドルイドのフィネガス(Finneces)の弟子となります。
フィネガスはボイン河にいる知識の鮭フィンタン(Fintan)を捕まえるようディムナに命じます。
ディムナは何年もかけてこれを捕らえることに成功し、早速調理にかかります。
しかしその途中指に火傷を負ったディムナは思わず指を口に含みます。
指についていたフィンタンの鱗はディムナに知恵を与え、それにより顔つきが変わったディムナにフィネガスが気づきます。
フィネガスはディムナがかつて別の名で呼ばれていなかったかを尋ね、フィンと呼ばれていたことを知ると、彼が予言の子であることを確信します。
フィネガスはフィンにフィンタンを食べるように言うと、自らの元を去らせました。

 フィンは騎士だった亡き父クール(Cumhal/Cumal)に憧れてコーマック王(Cormac mac Airt)の元を訪れます。
騎士となったフィンはターラに現れた怪物を退治し、これが元で、以後彼がフィアナ騎士団のリーダーとなります。